ある朝、夢を見て起きた。
それは、懐かしい胸の奥がキュっとなるような、学生時代の恋の記憶。
平凡な毎日を淡々と過ごす私は45歳の、どこにでもいるような主婦。
家事をして、生意気盛りの子供にやきもきして、聞いてるんだか来てないんだかわからない旦那と会話をする。
そんな、どこの家庭でもあるような、ありふれた日常を過ごす日々だ。
そんな私が、ありふれた日常の中でほんの少し、色づいた感情を思い出した。
高校3年生の秋から冬にかけての、淡い記憶。
私は、高校1年生の時に同じクラスになった彼のことが気になり始めた。
彼とは、これまでなんの接点も持たなかった。
同じ中学校だったのに、一度もクラスが同じだったこともなければ、一度も会話すら交わしたこともない。
会話どころか、「おはよう」の挨拶さえ交わしたこともなかった。
そんな彼と、高校1年生になって最初で最後の同じクラスになった。
というのも、私の通っていた高校では、2年生からは進路によってクラス編成がされるからだ。
彼は大学進学希望、私は就職もしくは専門学校を希望していた。
何の目的もないまま、大学に行く意味が全然わからなかったというのが大きな理由。
大学進学する理由はひとそれぞれだと思う。
明確な目的のために、それを徹底的に学べる大学に行くひと。
すぐ働き始めるのが嫌で、少しでも長く学生生活をエンジョイしたくて、どうでもいい大学に行くひと。
就職希望者の多いクラスから、大学に進学するひとはたいていこのタイプだろう。
明確な目的のある人達が集まる進学希望者のクラスは、やはり頭のいいひとが多かった。
彼もそのひとりだった。
せっかく、同じクラスになったというのにろくな会話もできずに過ぎていく日々。
今思い返してみたら、私もかわいかったんだね。
ただ、同じ空間にいられるだけで、毎日会えるだけでそれだけで満たされていた。
高校2年生になったときの記憶は、ほとんどない。
なぜだろう。
あぁ、そうだ。
私があまり学校に行かなかったからだ。
多感な時期というのは、わけもなく学校に行きたくないという衝動が生まれたりするもので。
私も、例外なくその時期が多くあらわれたのが、高校2年生だった。
とはいえ。
ずるがしこさだけはあったので、留年しない程度に計算して学校にも行ったし、勉強することは嫌いではなかったから、試験もそこそこの成績をとっていた。
これだけうまくやっていたら、先生もなにも言えまい。
高校3年生。
これまで、彼氏のいたことがなかった私が、行動を起こすとは自分でも驚きだった。
成績優秀で先生からの信頼も厚く、優等生タイプの彼は、意外にも時間ギリギリに登校してくるのが常だった。
そんな彼が登校してくるのを教室から眺めるのが、私のひそかな楽しみであり日課だった。
(今日こそは、話しかける)
毎日、そう思ってるのに接点がないから話しかける話題もチャンスもない。
それでも、成績によって分けられる教科の時間になるべく話かけるようにがんばった。
そんな地道な努力をして。。。
ついに思い切った行動に出た。
彼と同じクラスの友達に協力を頼み、紙きれに書いた簡単な言葉を渡した。
彼は、天然なのだろうか。
いや、あんな紙切れを「はい!」と気軽に渡した自分が悪い。
告白の文章が書いてあるその紙切れを彼は、こともあろうか目の前ですぐに開こうとしたのだ。
「まって!!!!あとで開いて!!!」
・・・・焦った・・・・
叫んで、私は友達と彼の前から走って逃げた。
数日後、彼は私の目の前に走ってきた。
少しだけ息が荒いまま彼が言った。
「いいよ。付き合おう」
まさか、オッケーがもらえると思ってなかった私は、
「え??・・・え????」
て繰り返していた。
そんな私に、ふっと笑いかけて、
「だから、付き合おうって言ってるの!」
と、彼は言った。
状況を飲み込んだ私は、一気に顔が赤くなるのを感じた。
それは、夏も終わりかけ、秋になる頃だった。
高校3年生の秋と言えば、受験を控えた忙しい時期だ。
そんな時期に告白した私も私だけど、それに応えてくれた彼も彼だ。
私は、専門学校進学を希望していたので、特に受験に関して心配することはなかった。
大変なのは、彼だった。
難関大学への進学を希望していた彼は、塾にも通い頑張っていた。
それでも、私との時間も作ってくれた。
彼の塾の休憩時間にわずかでも会って話をしたり。
街を一緒に歩いたり。
今思えば、大切にしてもらっていたと思える。
ただ、あの頃は不安ばかりだった。
「付き合おう」と、返事はしてくれたけど、一度も彼に好きと言ってもらったことがなかった。
いつもおどけて、「好きになった?」と聞く私。
すると、「まだ」と言って照れる彼。
照れてる時点で、好きなんじゃないの?て、今なら思うけど。
あの頃は、明確な一言がもらえないというだけで、不安だったのだ。
彼との付き合いは、順調だっと思う。
クリスマスもデートできたし。
ただ、一緒にいられるだけで幸せだった。
あの朝は、そんな懐かしい彼の夢を見て起きたのだ。
現実では、一度も好きと言ってもらえなかった、一度も手紙をもらえたかった。
そんな彼から、夢の中では手紙をもらったのだ。
その夢は、とてもリアルだった。
夢の中の私は、当時の通学バッグの中をなにか探っていた。
すると、カサっと手に触れるものがあった。
それを取ってみると、一通の手紙だった。
直感的に、(彼からだ!)と思った。
彼は、私にばれないようにバッグの奥底に手紙を入れていたのだ。
夢の中なのに、私はその手紙を前に嬉しさと同時にこみ上げてくる大きな不安を感じていた。
(どうしよう。別れようって書かれていたら。。。。)
そう、思った。
その手紙をぎゅっと握りしめて固まってる私に彼が声をかけてきた。
「あ。。。見つけたんだね」
・・・静かにうなずく私。
こわくて彼の顔がみれなかった。
でも、少し恥ずかしそうな彼の声に、(大丈夫、大丈夫、、、)と思ってる私がいた。
手紙を開く前に、こわくてそこで目が覚めた。
結局、あの手紙にはなにが書かれていたのだろう。
私の唯一の青春と呼べる、あの時の記憶。
ひとは、思い出を美化すると、よく言うけれど。
私はちっとも美化できないでいる。
付き合うことはできたけど、結局片思いだった。
その記憶しかない。
彼とは、高校卒業をきっかけに別れた。
結局、最後まで好きという言葉をもらえないまま。
彼は、今どうしているのだろう。
友人の話によると、目標に向かって忙しく頑張っていると聞いた。
卒業以来、45歳になるまでまだ会ったことがない。
男の人は、同窓会などで会うと頭髪やお腹まわりなど変化が大きく、がっかりするというのがセオリーだけど。
彼にはかわらないままでいてほしいと思ってしまう。
あの頃のまま。
さわやかな笑顔で、すらっとのびた手足で。
サラサラな髪で。
不思議と、懐かしい記憶がよみがえると、旦那のことを愛おしいと強く思えるもので。
彼と過ごした私の時間が、今の旦那への愛情を強く感じさせるものになるなんて。
あの頃の私には想像もできないだろう。